ローマ人への手紙紹介
要節 1:17「なぜなら、福音のうちには神の義が啓示されていて、その義は、信仰に始まり信仰に進ませるからです。『義人は信仰によって生きる。』と書いてあるとおりです。」
ローマ人への手紙は使徒パウロがローマにいる聖徒に宛てた書簡です。パウロはきっすいのパリサイ人であり、ユダヤ人の中のユダヤ人(ピリ3:5)であり、当時ガマリエルの門下で教育を受けた有能な青年でした。彼は先祖からの伝承に人一倍熱心で教会を迫害しましたが、ダマスコへ行く途中で復活されたイエス様に出会いました(使7:58、8:1-3、9:1-9)。この時パウロは回心するようになり、異邦人の使徒としての召されを受けました(使9:15,16)。その後、彼はアジヤとヨーロッパ、ローマに至るまで満遍なく福音を伝え、キリスト教を世界化し、暗く病んでいた1世紀を明るくした偉大な主の僕となりました。新約聖書にある書簡の大部分は彼が書いたものであり、その中にあってローマ人への手紙は「使徒パウロの福音書」と言われるほど、救済観、歴史観、世界観がよく現れています。
第三次伝道旅行の終盤、A.D.58年コリントにて書かれました(使20:3)。当時パウロはエペソの開拓に成功を治め、アジヤでこれ以上仕事をするところがなくなりました(15:23)。しかしローマに行く前にまずエルサレムに行こうとしました。それは異邦の地の小さな教会から集めた献金を、飢饉で困難になっているエルサレム教会に醵金することで、異邦の教会とエルサレム教会が信仰の中で一つになるように願ったためでした(ロマ15:25-28)。
しかし、エルサレムではユダヤ人たちがパウロを殺すまでは、何も食べないと固く誓い合い、パウロが来るのを待ち伏せている危険な状況でした(使23:14)。パウロはなわめと苦しみが彼を待っていることを知りながらも、神の恵みの福音をあかしする任務を果たし終えることができるなら、いのちは少しも惜しみませんでした。(使20:23,24)。
ローマ人への手紙は他の書簡とは違い、実際の問題よりもパウロ自身の神学的な立場を組織的に書いたものです。よってローマ人への手紙を勉強すれば、キリスト教の核心が良く分かります。そうだと言って、ガチガチの教理本として書かれたものではありません。ローマの聖徒に対する切なる牧者の心情で書いたものです(1:11-15)。
彼がこの書簡を書こうとしたとき、エルサレムを通ってからローマに行こうという計画がありました(15:15-28)。エルサレムに行けばどんなことが起こるかわからないので、死ぬ前に書簡だけでも書いて福音を伝える使命を完遂しようとしました。よってSandayはローマ人への手紙を遺言的書簡(Testamentary Epistle)と言いました。即ち自身の信仰と信条を表した最後の証という意味です。
またBurtonは予防的書簡(Prophylactic Epistle)と言いました。当時キリスト教の福音が数々の誤った思想と退廃的な時代風潮と異邦文化の影響力の下で、その神髄が歪曲されて解析されているのをパウロは見ました。特にローマの聖徒たちは多くの影響を受けやすい状態でした。パウロは彼らが変わることなく信仰に堅く立ち、むしろ病んだ世界を救う神様の僕となることを求める心情からこの手紙を書きました。